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【BLUE GIANT】原作の描写から宮本大のサックスの音を考察

「音が聴こえるマンガ」から聴こえてくる音

BLUE GIANT(1) (ビッグコミックス)

音が聴こえるマンガ。ジャズを演奏する若者たちの青春と躍進を描いた「BLUE GIANT」のことを評して使われる表現だ。山岳救助を描いた「岳」の作者としても知られる石塚真一氏の、心情と情景の表現力が素晴らしい作品で、確かに爆音のテナーサックスが聴こえてくる。

また2023年2月に、世界的ジャズピアニスト・上原ひろみ作曲の元で、アニメ映画『BLUE GIANT』が公開された。本作から聴こえてくる音の一つの解釈として、映画という新たな媒体で主人公・宮本大のテナーサックスの音が表現されたのだ。

その中であえて今、原作の表現から宮本大がどのような音を鳴らしているのか考えていきたい。ただしマンガは、「想像の余地」が残されていることが素晴らしい表現媒体だと思うので、あくまで筆者個人の感想として受け止めていただければと思う。

宮本大の音の特徴①とにかく速い

BLUE GIANT(3) (ビッグコミックス)

「BLUE GIANT」3巻、文化祭で大がテナーサックスを演奏するシーン。普段、テンポの速いロックを聴いているであろう軽音楽部の生徒が、大のソロ演奏を耳にして口にしたのが次のセリフだ。

「超……速くね?」

引用:「BLUE GIANT」3巻/作・石塚真一

画面は16分音符で埋め尽くされており、隙間もないような音の密度で生徒たちが圧倒されていることが分かる。4巻、バンドに合わせて成長した大がソロを吹くシーンでも、あまりに早すぎるソロに、他のメンバーが汗をかきながら必死についていく姿が描かれる。

この後宮本大は成長を続け、「BLUE GIANT」6巻のラストのように、背景に7連符や9連符など、複雑なリズムが描かれるシーンが登場するようになる。通常イメージされるジャズよりもかなり早いテンポで演奏されているようだ。

宮本大の音の特徴②音が大きい(音圧が高い)

BLUE GIANT(2) (ビッグコミックス)

大のサックスの音について、印象的な発言をしているキャラクターをもう一人紹介したい。定禅寺ストリートジャズフェスティバルにて山梨山高校のビッグバンドでソロを吹いた女子高生である。大がソロの感想を伝えに行くと引き気味だった彼女は、その後路上で勝手に演奏する大のサックスを聴き、次のように評する。

なんだろう…壊れたサックスみたいな音がするけど

引用:「BLUE GIANT」2巻/作・石塚真一

「壊れたサックスの音」と言われるのもかなり激しいレビューだが、恐らくうなり声を上げながらサックスを吹く、グロウルという技法が使われているのではないかと思う。

グロウルを使ってパワフルに吹くと、まるでサックスが壊れているのではないかと思うほど、ノイジーで感情的な音を鳴らすことが出来る。周りのストリートジャズフェスティバルに来ていた人々が、大のサックスの音が大きすぎてびっくりしている姿も同時に描かれている。鼓膜がビリビリするような、高い音圧で演奏されていることが想像される。

宮本大の音の特徴③ソロがシリアスで、冒頭からマックス

その他、大の音が評されたシーンを拾っていくと、「ソロがシリアスである」と評されている。お洒落なサウンドを避けているような印象もあり、ストイックな高速ソロを繰り出すことが多いのだろう。またジャズのソロ演奏は、序盤は音数を少なくして、徐々に盛り上げていくことが多いのだが、大のソロの組み立ては「序盤からマックス、後半ではマックスを超える」というものだ。

映画版で宮本大の音を演じた、馬場智章の演奏動画から、このイメージを伝えたい。

馬場智章のライブ時のソロ

こちらが馬場智章が「自分自身として」演奏しているソロの様子。徐々にテナーサックスの音数が増えていくことが分かる。映画版で玉田役のドラムを演奏した石若駿も上記のライブに参加しているのだが、馬場のサックスに合わせて徐々に手数を増やしていることが分かる。

このように起承転結と緩急が付いたソロが演奏されることが通常だ。

馬場智章が宮本大を演じた時のソロ

冒頭の馬場によるテナーサックスソロ、圧倒的な音量とスピードである。イントロでここまでの演奏をしてしまうと、曲の中盤~後半で超えるのが難しくなってしまうのだが、そこをしっかりと超えていく、ということが意識されているように感じる。宮本大の音は「シリアス」で「序盤からマックスで演奏される」ということが特徴なのだ。

大のテナーサックスは誰に似ているのか

BLUE GIANT SUPREME(9) (ビッグコミックススペシャル)

大のテナーサックスが別のミュージシャンの音に例えられるシーンがある。マンガ「BLUE GIANT」の続編である「BLUE GIANT SUPREME」で、音楽雑誌の関係者がレコーディングされた宮本大のサックスの音を聴いた際の一言だ。

「アルバート…いや、ファラオか?」

引用:「BLUE GIANT SUPREME」9巻 作・石塚真一

ここで関係者が聴き間違えているのが、ファラオ・サンダースというスピリチュアル・ジャズの巨匠だ。筆者も、かなり宮本大に近いイメージの音が演奏されているのではないかと考えている。

ファラオ・サンダース「You`ve Got to Have Freedom」

イントロからマックスのまるで「壊れたサックス」のような音。その音圧と音量で、多くの人を圧倒してきたであろうテナーサックスの存在感。「BLUE GIANT」を読むときに頭の中で流れるサックスの音のイメージと、かなり合致する。特に6:10~あたりのあまりにも早すぎて聞き取れないサックスソロ。これだ!

ファラオ・サンダースは、大の敬愛するサックス奏者・ジョンコルトレーンの後継者とも言われており、印象が被る。そしてここから考えると映画で演奏された「N.E.W.」イントロの馬場智章のカオスなソロも、より納得がいく。

おわりに

宮本大の演奏しているジャズにジャンルはない、ただジャズである。だが、その音の印象やスタイルはフリージャズやスピリチュアルジャズと呼ばれるジャンルに近いような、聴くものを圧倒するインパクトのある音なのではないかと思う。

ファラオ・サンダースは昨年、亡くなった。だが、彼の残したパワフルでスピリチュアルなサウンドは多くのミュージシャンに影響を与えた。その一人であるカマシ・ワシントンのサウンドや存在感、トップギアに切り替えた際のスピード感やシリアスな音選びなどは、やはり私が「BLUE GIANT」から受けた印象に近いものがある。

このように、ファンの間で宮本大の音がどんな音だとか、そういったことが喧々諤々話し合われながら、色々なジャズが多くの読者に聴かれていく。そんなことが起こっていったら素敵だなと思う。マンガ・映画共に、「BLUE GIANT」が日本のジャズを加熱する青い炎になっていってほしい。それでは。

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