『天国大魔境』12巻
2025年7月23日に発売された石黒正数先生の『天国大魔境』12巻。ついに明かされるヒルコの秘密と、タイトル『天国大魔境』の意味。物語が終盤に向けて加速していく大きな展開がある12巻は、絶対にネタバレを踏む前に自分で読んだほうがいい。
というわけで、ここから先はネタバレありで考察や小ネタを拾っていきたい。未読の方は注意いただきたい。
p.97 伏線回収)脳ポットは8巻のp.66で登場
12巻のp.97で、今まで登場してきた「脳の入れ物」が脳ポットと呼ばれていることが明らかになった。8巻の表紙に描かれており、ナタの脳が入っているあれだ。よく見るとミーナには初期から6つの脳が搭載されている様子が描かれている。2巻p.134のミーナ初登場時点から脳ポットは描かれてきた。
さてここで8巻p.66-67を振り返ってほしい。自衛隊の攻撃により崩壊した高原学園でサバイバル生活を続ける猿渡、ひざまずく彼の横には2つの脳ポットがある。一つは12巻に登場した園長の元の脳で、もう一つはまだ機械に移植していないナタの脳と思われる。もうこの時点で登場していたのである。
そして8巻p.67、「おばさん 僕はどうすればいいんだよっ」と泣きながら猿渡が話しかけているのは、園長の脳ポットなのである。初見では気づけないが、ここで猿渡は園長(の脳に向かって)話しかけていたという、石黒先生らしい細かな描写だ。
脳がシリコン製になり若返っていた園長(ミクラ)、さちおに対して園長がドキドキしていたのはそれが理由だったのか。8巻p.112、高原学園の豊中分室でミーナの脳波認証が突破できなかったのもこれ。
ちなみに12巻p.116の猿渡の日記には「9月20日 祝、意識回復。」と書いてある。意外と早いタイミングでナタの脳がロボに移植されていたことが分かる。これならミチカやトキオとナタは1年以上一緒に暮らしていたことになるが、そこが今後どう絡んでくるか。
考察)ヒルコの生き残る手段
ところで、園長は最後に病気を発症し、ミクラの体で死んでしまう。一方で、機械に脳移植した本物のミクラはロボットとして生き続けている。それにマルはナタに「ヒル気」を感じていない、これはナタがヒルコで無くなっていることを示しているように思う。そうすると、学園の子供たちの最後の生き残る手段は、脳移植だったのかもしれない。しかしその技術は猿渡の自死とともに失われてしまったのだが…。ただ12巻では、猿渡以外に脳移植が出来る存在が暗に示される。それが第68話に登場する、子どものロボットを作った何者かである。
この人物についてわかっていることは
- 高い医療技術を持っている
- 倫理観が欠如している
- 高原学園のパンフレットを持っていた
この3点である。そこで思い出されるのが、稲崎露敏だ。彼がやっていたことを振り返ってみると…
- (4巻)宇佐美の元で人体に義肢や義足を付ける技術を学んでいた
- (6巻)人間とヒルコを管でつないで人体実験をしていた
- (11巻)浅草でもヒルコと人間を使って何らかの実験をしていた
思い返すと高原学園の高い技術力も、ニーナが数多の人体実験を繰り返して得られたものだった(10巻)。露敏は倫理的な問題は気にも留めず、人体実験で何かを目指している節があった。それが幼児のロボットへの脳移植に繋がっていたとしたら…。そうすると露敏は、11巻の62話で亡くした妹を何らかの方法で復活させようとしているのではないか。
本来は失われた命を取り戻すことは禁忌であるが、12巻p.185では園長も「さちおくん……なのはさん……また作ってあげます……!」と言っており、何らかの遺伝子(爪や髪の毛などだろうか)があれば同じような人間を"デザイン"出来る可能性が示されている。
p.118 伏線回収)アスラの死の理由
12巻p.118の猿渡の手記には「園長先生は(中略)アスラにしようとした事と同じように」という表現が出てくる。つまり、アスラは園長の脳移植先として誕生したデザインベイビーだった。そして4巻p.113、アスラはその高い認知能力から「自分が産まれた理由」を知ってしまい、自ら死を選択する。
4巻p.124ではコナが「アスラを殺した奴が……トキオを奪いに来る」と予知している。このアスラを殺した奴というのは、4巻の時点ではわからなかったが、今ならわかる。園長のことだ。その後の展開では、
- 園長がトキオの妊娠に気づく
- トキオを隔離する
- トキオの子を自分の脳移植先として奪おうとする
という、コナの視点から見て非常に恐ろしい流れになっており、この展開を予知したセリフだったことが分かった。
そして11巻のp.117(66話扉絵)、なぜかミクラが白いワンピースを着て羽が生えた姿で描かれていたが、これも園長がアスラになり変わろうとしていた(園長が自分自身のなりたい姿としてアスラをデザインした)ことを裏付けるヒントだったのだ。だからアスラは12歳で自死した。猿渡がいうには、脳移植が可能になる年齢は13歳だからだ。
p.118 考察)クローンを殺す薬「CC.タイパー」
この薬は1巻p.195の時点で、マルが園長から託されたものとして登場する。ここで重要なのが、2本とも残っていることだ。そもそもCC.タイパーが2本あるのは、どっちがクローンか分からないときに両方に打てるように保険として準備したものと思われる(片方はラベルがないのでなんとも言えないが)。もし仮に園長が、単にクローンを殺したいだけなら1本はマルに試すはずだ。しかしマルに打った様子はなく、「同じ顔をしたやつ(=ヤマト)」に薬を打つように指示を出している。
つまり園長には、マルを殺す理由はないが、ヤマトを殺す理由があるということになる。しかも実際に打った時に、ヤマトがクローン体であれば死なないので、クローン「ならば」ヤマトを殺さないといけない、という条件付けがあることになる。これは非常に不可解で、まだ現段階では明らかにできない。
「CC.タイパー」の由来は古事記
ちなみにCC.タイパーは容器に「CC.TYPHA」というつづりで書いてある。この由来について考えてみる。
- CC=Carbon Copyの略
カーボン紙で複写したもの➡クローンを示唆 - TYPHA=英語でガマの意
ガマは「蒲」と表記される水辺に生える植物。「古事記」では稲葉の白兎のエピソードで、ウサギが体を癒すための塗り薬のような存在として登場する。
天国大魔境はたくさん「古事記」から引用された固有名詞が登場するが、CCタイパーは毒(のようなもの)でありながら人類にとっての薬のように機能するためか、皮肉な名前が付けられているようだ。
p.170 小ネタ)ナウロン社再登場
天国大魔境11巻、発売されております。
— 石黒正数 (@masakazuishi) October 23, 2024
よろしくお願いします。
今永先生からお願いされてナウロン社の新ロゴをデザインしました。
ひとりひとりの長所を見出し伸ばそうとしてくれる高原学園は素晴らしいです。 pic.twitter.com/yvZeVjZ8sJ
今永美咲(青島さんの母)の会社が再登場、脳波に連動したVR空間をAIが作るとのこと。まさかの5巻で登場したマルの塾の先生も再登場。上記は石黒先生がデザインしたナウロン社のロゴ。
p.190 考察)ミーナの目に映るt33/11/20
12巻収録の最後のページ。ミーナの目に映るt33/11/20という表示は高原学園の独自の年号によるもの。
年号についてはこちらの記事を参考にしていただければと思うが、t33年=天栄33年は2039年である。この2039年とは、まさしくマルとキルコが出会った年だ。1巻p.103には旅館に泊まる際の宿帳が出てくるのだが、前の宿泊者が書いている日付が10/4である。つまり二人が旅館に泊まったのは、2039年の10月~11月ごろということになる。
もうお分かりだろう。ついに時系列が繋がったのだ。
トキオや園長の物語であった"天国編"が、キルコやマルの物語であった"地獄編"の始まり(第1巻第1話の時間)にたどり着いたのである。これら二つの物語がどのように展開していくのか、大いに楽しみにしている。
『天国大魔境』ガイドブックもオススメ
まだ読んでいない人は、公式コミックガイドも入手することをオススメする。時系列がまとまっていてわかりやすいし、色々な気づきが得られて、より『天国大魔境』の世界を楽しめるように感じた。様々な設定が書いてあるので、考察好きであれば必携の一冊だ。
Kindleサマーセールでマンガを入手すべし
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筆者のオススメのマンガはこちらで紹介。
『それでも町は廻っている』も必読
このページを最後まで読んだあなたはきっと相当な石黒先生のファンのはず。それならきっとこの石黒先生の傑作『それでも町は廻っている』は読んでるよね?もし、万が一まだ読んでなかったら、きっとハマると思うので読んでみてほしい。
筆者は10周以上読んだと思うが、いまだに読むたびに新しい発見がある。そんな日常系SFの超名作なので、みんなにオススメさせてもらいたい。しかも記事執筆時点ではKindle版が550円あたり125ptバックでお得。





