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2022年本屋大賞ノミネート作に、10年に一度レベルの名作がある

2022年の本屋大賞ノミネート作をすべて読んだ上で、一番衝撃的だった作品をご紹介。

2022年本屋大賞が発表された

同志少女よ、敵を撃て

2022年の本屋大賞が発表された。逢坂冬馬の長編デビュー作「同志少女よ敵を撃て」だ。直木賞にもノミネートされた作品で、第二次世界大戦の独ソ戦に従軍した女性兵士を主人公にした小説である。この話は直木賞の紹介記事で詳しく書いてあるが、確かに納得の大賞である。本屋大賞は、「全国の書店員が選んだいちばん売りたい本」を選ぶ賞だ。ロシアのウクライナ侵攻が起こっている現実とリンクしているからこそ、今こそ読んでほしい本という評価になったのだろう。

一方で、今回の本屋大賞には衝撃作が紛れ込んでいた。今回は本社大賞第4位にノミネートされたその本を紹介したい。

朝井リョウ「正欲」

正欲

「桐島、部活辞めるってよ」「何者」など、意外な切り口から傑作小説を生み出してきた朝井リョウが作家生活10周年記念で書き下ろした長編小説だ。正しい欲と書いて「せいよく」と読む。テーマとして「性的マイノリティ」を扱っているのだが、いわゆるLGBTQと呼ばれる人々。レズビアンやゲイの方々とも違う、性的に極少数である人々の姿が描かれる。マミフィケーション(ミイラフェチ)、窒息フェチ等が例として登場する。

例えば、そもそも性の対象が「人」でない性的嗜好の方がいたとして、その人から見た世界をあなたは想像できるだろうか。そういった性的少数者である人たちが感じる孤独や葛藤を立体的に描き出し、今まで想像もしていなかった世界へと連れていかれる。そんな恐ろしい力を持った小説だ。正直、10年に一度レベルの傑作なんじゃないかと思う。

普通って何だろう

本作は「性的マイノリティ」がテーマとして扱われながら、一方で幅広い読者への問いかけとなっている。「普通の性的嗜好」からズレていることを、「歪んだ性癖」というようにマイナスに捉えるのが、今の社会だ。しかし、誰もが自分の性的嗜好を隠しながら生きている中で、本当に「普通」なんて存在するのだろうか。

本作にも自分のことを普通だと思っている人が、ふいに自分の中の変わった「性的嗜好」に気づくシーンがある(フェチと言い換えてもいいかもしれない)。それを「歪んだ」とか「イカれた」とか表現することの方が間違っているんじゃないか。

もし今の社会が、「それぞれの人間が自分の性的嗜好を隠しながら、「普通」であろうともがき続けている社会」だと考えられるなら、この世界にいる誰もが性的少数者である。この世界の見方こそ、本作が与えてくれる新たな視点の一つだ。

多様性って何だろう

昨今は「性的少数者」への配慮が社会の中で進んでいる。一方で、その配慮は「自分が想像できる範囲」にしか行き届かない。例えば「人以外」が性的対象の人に対して、配慮は出来ないだろう。また裏返せば性的搾取の問題も、自分が想像も出来ないような性的嗜好に対しては防ぎようがないと言える。

今の社会で謳われている「多様性のある社会」像は、あくまで「多くの人が想像できる範囲での多様性」を賛美する社会に過ぎない。多様性という大雑把な言葉ではすくいきれない、様々な少数者たちで構成されているのが現実だということを考える、良い機会になる本だった。もしかするとこの「多様性の限界」という論点は、この先数百年、人類社会において「タブー」となり続けるのかもしれない。

価値観に影響を与える傑作「正欲」

正欲

正欲

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なるべく内容のネタバレは避けながら、自分が衝撃を受けたポイントにフォーカスして書いたが、伝わっていれば嬉しい。誰もが苦しめられている現代社会で、その苦しみの正体は何なのか。様々な立場・性的嗜好の人々が織りなす群像劇から、その核心へと迫っていく。ぜひ朝井リョウが10周年記念で書き上げた渾身の一作を、あなたの読書リストに加えてほしい。

その他の2022年本屋大賞のオススメ作品

米澤穂信「黒牢城」

その他のオススメ作品としては、国内の4大ミステリランキングを制覇した上で、直木賞まで受賞してしまった快作『黒牢城』をオススメしたい。「氷菓」「インシテミル」など上質なミステリ作品を発表してきた米澤穂信の連作短編集で、ミステリー小説としても歴史小説としても読めるという何とも器用な作品になっている。トリックの面白さもさることながら、しっかりと小説としてのテーマ性も重く描かれていて素晴らしい。

知念実希人「硝子の塔の殺人」

硝子の塔の殺人

硝子の塔の殺人

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こちらもミステリー小説だが、何とも登場人物が魅力的だった。主人公はなんと殺人犯でありながら、同じ会場に居合わせた女性探偵をサポートする助手役になってしまうというズラした設定の面白さ。しかしこの作品、なんとその設定と伏線がどんどんドライブしていって、何度もどんでん返しが起こるという傑作ミステリーだった。また作品全体にミステリーの歴史への愛があふれていることや、作者が医師であることから医学知識も活かされた内容になっていることまで、面白い要素が盛りだくさんだ。

浅倉秋成「六人の嘘つきな大学生」

最後は「伏線の狙撃手」という名がつけられている浅倉秋成の作品。非常に珍しい「就活」をテーマにしたミステリーで、特に「新卒就活」という多くの人が経験することを面白い視点から描く。作中でどんどん移り変わっていく6人の登場人物の印象、そして怒涛の伏線回収。殺人事件の起こらないミステリーが好きな方や、「就活」という謎の儀式に苦しんだことのある方は、楽しく読めること間違いなし。