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【直木賞2022年上半期】全ノミネート作レビュー&受賞作予想

直木賞2022年ノミネート作をすべて読んだ筆者が、今年の直木賞を予想!※少しのネタバレも含むため注意

第167回直木賞のノミネート作は女性作家が多い

2022年上半期を締めくくる第167回直木賞、なんとノミネート作5作中4作が女性作家による作品だ。2019年の上半期には、ノミネート作6作全てが女性作家というタイミングもあった本賞。同時開催の芥川賞は、史上初の候補者5人全員が女性作家だ。

また直木賞にノミネートされた中で、唯一の男性作家である呉勝浩氏は、在日韓国人の方とのこと。

今回は、貧困や男女のジェンダーギャップ、マイノリティからの視点といった、社会問題と通じるテーマを扱っている作品が多いのも印象的だ。

直木賞は『エンターテイメント作品』の頂点

運営公式HPには、直木賞とは『新進・中堅作家によるエンターテインメント作品』であると書かれている。エンターテイメント性という観点から考えれば、今回のノミネート作においては、特に『爆弾』という作品が際立っていたように思う。

爆弾

社会の暗い側面を描くことに長けた呉 勝浩氏のミステリー小説である本作。『東京で巻き起こる無差別爆弾テロを、小さな取調室の中で犯人と思しき男から聞き出し、未然に防がなければいけない』というスリリングな展開が終盤まで続く。

ミステリー小説としての謎解きが面白いだけでなく、『疎外』を生み、テロリズムを引き起こしてしまう現代社会の構造を語る本作は、まさに直木賞の大本命といえるかもしれない。昨今の社会情勢も踏まえた上で、最終的に本作に軍配が上がる可能性は高いと考える。

単なる安楽椅子探偵小説ではなく、目の前に犯人がいて、かつ探偵サイド(警察側)が常に追い詰められているという構造も面白い。表紙カバーも特殊な加工がされていてカッコいいので、ぜひ本物を見てほしい。

対抗馬としての『女人入眼(にょにんじゅげん)』

女人入眼

対抗馬としては『女人入眼』が考えられる。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』やアニメ『平家物語』などの影響で、非常に注目の集まっている鎌倉時代を、政治的駆け引きを行う宮中の女性たちの目線から描く本作。源頼朝、北条義時、北条政子らよく知られた人物が、政子の子・大姫の入内(天皇の妻となるため宮中に入ること)をテーマに繰り広げる政治vs本能の闘争は、刀をぶつけ合う戦闘シーン以上に痺れる。

とにかく北条政子が怖い。イメージ通りではあるが。

鎌倉幕府と朝廷の関係悪化につながったと言われる『大姫入内』、この有名な源頼朝の失策を見事なまでに肉付けし、鎌倉時代の女性の「辛さ/力強さ」という両極端な要素を立体的に描き出して見せた本作は、かなりの傑作と言えるだろう。カバーも素晴らしい。

映画好き必見の『スタッフロール/深緑野分』

スタッフロール (文春e-book)

個人的には、深緑野分氏の『スタッフロール』を推したい。映画の特殊撮影・コンピューターグラフィックを作る裏方を描いた本作は、映画好き必見の長編小説だ。『2001年宇宙の旅』『スターウォーズ』のような特殊撮影の時代から、『トイストーリー』『ファインディング・ニモ』のようなコンピューターグラフィックの時代へ。

時代毎の技術革新、ライバルたちとの切磋琢磨、そしてアナログとデジタルの対立。それらを二人の女性技師の視点から描き、バトンを繋いだ本作は、映画の特殊効果が生み出す「魔法」のように、読者の胸を奮わせうる作品だと考える。

一方で、どうしても技術的な側面を描く場面が多くなってしまい、映画好き以外の読者が置いてけぼりになってしまうきらいがあるのではないかと思う。(それは本作の魅力の一つでもあるのだが、好き嫌いは分かれるかもしれない)

また直木賞の選考では、よく「なぜ外国の話を書くのかわからない」「必然性がわからなかった」などの選考委員の意見で評価が下げられる一幕があり、若干不利な印象だ

最近だと『シンウルトラマン』で、ハイクオリティなCGが使われていた。特撮作品をデジタルでリメイクするということ。長年のファンがアンチに転換することが多い手法だ。それでもバトンは繋がなくてはならない。本作の読者たちは「スタッフロール」にクレジットされた数多の製作者たちに、想いを馳せるようになるだろう。

『夜に星を放つ』『絞め殺しの樹』

夜に星を放つ (文春e-book)

夜に星を放つ』は今回唯一の短編集で、様々な人々のすれ違いや別れを描いた作品だ。真っすぐに毎日を生きながら、それでも人と分かり合えず、大切な誰かを失い、人生は続く。じわりじわりと心の奥底に揺らぐ小さな灯を見せられるような各編のラストには心動かされるものがある。一方で、やはり短編小説特有の特徴か、テーマ性の深さと話の短さという組み合わせで、内容を深めきるのが難しいような印象もあった。

絞め殺しの樹

絞め殺しの樹』は登場人物が全員クソ野郎過ぎてクラクラした。序盤におにぎりくれるご夫婦以外に救いがなさ過ぎた。せめて死の淵で主人公が何を想い、何を願ったのかを知りたかったが、いかんせん作風がハードボイルドだった。

苦労をした半世、娘を思う心。それらが結果的に愛する我が子を苦しめてしまう。単なる不条理による不幸だけでなく、様々な因果が絡み合い、主人公の逃げ場が無くなっていくのが苦しい。「ああ辛い」「なんとも辛い」と苦しみながら読んだが、この読書体験は結果として、前を向く力になってくれているんじゃないかと思う。

まとめ

個人的な予想としては、直木賞は『爆弾』がとり、2作選出なら『女人入眼』も取るのではないかと思う。一方で当ブログの推しは断然『スタッフロール』だ。映画製作に全力を注ぐ彼女たちの青春とエネルギーと寂寥を、ぜひ読んでほしい。

 

今回は選出されていなかったが2022年5月発売の浅倉秋成 『俺ではない炎上』もノミネートされていれば善戦できたのではないかと思う。SNSでの「炎上」をミステリー小説に、非常に面白い角度で組み合わせており、ネタバレ禁止の傑作だ。さすが伏線の狙撃手と呼ばれるだけはある。こちらもおすすめなので、もしよければ読んでみてください。それでは。