山田尚子監督のオリジナルアニメ映画『きみの色』は、映画に先立ってノベライズ版が出版されている。映画本編とノベライズ版の違いから、より『きみの色』を楽しめるようになるための情報を記載する。
山田尚子監督作品『きみの色』のあらすじや声優
主人公・日暮トツ子はキリスト教系の女子高に通う三年生。子どもの頃から目にした人の「色」が見えるという感覚の持ち主であるトツ子は、同級生の作永きみがまとうコバルトブルーに惹かれ、憧れを抱く。ある日、作永きみはとある理由から学校を自主退学してしまうのだが、書店で働いているきみを見つけ出したトツ子は、たまたまその場に居合わせた音楽好きの男子高校生・影平ルイとバンドを組む話を持ち掛け、音楽活動を始めることになる。
アニメ映画『きみの色』は『聲の形』や『けいおん!』の山田尚子氏が監督を務め、2024年8月に公開されたオリジナル劇場アニメ。主演声優は鈴川紗由、髙石あかり、木戸大聖が1600人以上参加したオーディションの中から選ばれた。その他、主人公たちを導く重要人物・シスター日吉子役で新垣結衣が声を担当している。
ノベライズ版『きみの色』について
『きみの色』は映画公開の約1か月前にあたる2024年7月に、小説家・佐野晶が担当したノベライズ版が出版されている。ノベライズ版がオリジナルである映画の前に出版されるという手法は、過去に『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』などの新海誠作品で取られてきた。
実はこれら3作と『きみの色』は共にプロデューサーを川村元気氏が務めているので、同様のやり方が選択されたのではないかと思う。
『きみの色』小説版の違い①トツ子の一人称視点
ノベライズ版と映画の最大の違いは、映画ではトツ子を中心にした三人称の視点で描かれている場面も、小説では全てトツ子の一人称で描かれているというところ。山田尚子監督は、心情を説明するセリフを極端に減らし、人物の動作や表情などで心情描写を行うことに強みをもった方だ。だが、あくまで伝わってくる心情は観客サイドの想像によるものなので、ある種の答え合わせのような形でノベライズ版を楽しむことが出来る。
そしてこれは衝撃的な部分でもあるのだが、明るく見えるトツ子の一人称視点には結構なネガティブな感情だったり、トラウマだったり、あるいはふさぎ込んでいる自分を救う一言だったりが克明に描かれている。
小説を読むか読まないかで、日暮トツ子というキャラクターへの印象は大きく変わる。この場面でトツ子は負の感情を抱えていたんだ、実はこの人の一言に救われていたんだということが分かる良いノベライズ版である。
『きみの色』小説版の違い②行間を描く追加シーン
実は映画では多くのシーンがカットされており、観客はその間にあったことを想像することしかできない。例えば、トツ子はきみのルイに対する恋心を察して陰ながらサポートをしていくのだが、クリスマス間近に二人でプレゼントを買いに行くシーンでのやり取りなどは、ごく一部しか映画に出てこない。
そして本作でも屈指の重要シーンである、ルイの旅立ちについても、なぜきみとトツ子は港に見送りに来ていたにも関わらず、ルイに会わなかったのかということが詳細に描かれている。ある種その場面が無ければ、なぜきみが突然堤防を走り、ルイに向かって叫んだのかということも観客の創造にゆだねられるような作りになっているので、非常に重要な「答え合わせ」といえるだろう。
『きみの色』小説版の違い③省かれた説明の補足
そして、映画ではままあることだが、あまりに説明的にならないよう細かな部分の設定は解説されずに進んでいくことがある。ノベライズ版で明らかになることをいくつか挙げると、
- なぜトツ子は、きみが書店で働いているという話を聞いた時に、すぐにその話をしている後輩に声をかけなかったのか
- きみは祖母に知られずにどうやって学校をやめたのか
- きみのファッションはなぜ、オーバーサイズ気味の系統なのか
- きみはどのタイミングで祖母に退学の事実を伝えたのか
- なぜトツ子はクリスマス前の外泊のシーンであれほどに焦っていたのか
- トツ子はなぜ教会で毎朝祈っているのか
- トツ子が実家に帰らない理由
- なぜシスター日吉子は上機嫌に歌っているトツ子をみて「アーメン」とつぶやくのか
などが描かれている。映画版でこれらを描いてしまうとやはり過剰なほど説明的になってしまい、想像の余地も奪ってしまうだろう。映画と小説がそれぞれを補い合う形で、『きみの色』は立体的な作品として完成していくようになっているのだ。
『きみの色』小説版の違い④ED後の物語が描かれる
更にノベライズ版では映画のED後の物語が描かれている。
- 旅立つルイを見送ったきみとトツ子の会話
- 東京の大学に進学した後のルイの生活
- きみとトツ子のその後
- バンド・しろねこ堂がどうなっていったか
などが描かれており、この中には『きみの色』の真のエンディングともいえるような場面も含まれている。
また劇中でトツ子のきみに対するあこがれが「惑星」と「太陽」という秀逸な例えで表現され、トツ子が「言いたくないことは聞かない」と心理的には常に一定の距離のある二人。だがトツ子がきみの本音を確認するシーンが追加されており、『きみの色』を楽しんだ方であれば、ぜひ小説版もゲットすることをおすすめする。
『きみの色』コミカライズ版は?
『きみの色』は小説に加えコミカライズ版も出版されている。マンガではきみが学校を退学した理由などがより詳細に語られているなど、映画や小説とも異なった描かれ方がなされており、さらに重層的に『きみの色』を楽しむことが出来るようになっている。
ぜひ参考にしていただければ。
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