開高健(かいこうたけし)と小田実(おだみのる)、どちらも世界中を旅して多くの作品を著した作家だ。開高健は「裸の王様」で芥川賞を、小田実は「『アボジ』を踏む」で川端康成文学賞を受賞している。
作家というのはどうやらお金が無い生き物らしいが、強烈な好奇心を持っていれば金などなくとも面白いことが出来る。そう思わされる本である。
テーマは言葉
「世界カタコト辞典」のテーマは、彼らが世界のどこかできいた言葉である。カラード、ズブロブカ、タベルナ。一見するとどこの国の言語かもわからない単語だが、それぞれに2人の思い出が詰まっている。
彼らの頭の中に残った言葉を、それがどこでどのように使われたものなのか、振り返っていくエッセイなのだ。なんと二十数カ国語に渡って書かれていて、彼らの見識の広さに驚かされる。
時にはシリアスに、時にはウィットに
この本が書かれたのは1965年。世界は冷たい戦争の真っただ中にあった。どちらも世界の様々な事件を追う、ジャーナリスト的な側面も持った作家だったこともあり、彼らは世界を旅していた。
Oświęcim,삼팔,あるいはVeni,vidi,viciと銘打たれた項目など、非常にシリアスで胸が詰まる。
しかし「世界カタコト辞典」の大半は機知に富む、愉快な思い出の数々が彩っている。テンポの良い文章の中にハッと息を呑む美しい文章が織り込まれていて、その没入感たるや凄まじい。
そして約50年前の本なのに、現在の世界を予言する発言が出てきて驚かされる(小田実の書いたcommunityという題の文章など)。
60年代の日本
興味深いのはこの旅行記とも回想録とも取れる作品が、後進国の作家の視点で描かれていることだ。その頃、日本はまだ発展途上だったのだろう。様々な国から差別を受ける日本人の姿が描かれている。
開高健と小田実、どちらも戦争を経験し、日本が立ち上がっていく様を目撃した作家だ。日本と世界の関わり方に、今とかなり差があって面白い。
作中に出てくる「ロシア人は雪の中でアイスを食べるのが好き」という話は、今でも通用するのだろうか?
おわりに
実際に彼らが足を使って世界を回ったからこそ得られるリアリティ。それが本作の最大の魅力だ。1965年の本だからといって、文章は決して古びていない。今なお彼らの新鮮な驚きを閉じ込めたまま、数多くの名文がタイムカプセルのように現代に伝わっている。
時代状況に合わない話も多いためか、絶版になってしまっているので早めに入手しておいた方が良いだろう。この本を置いてくださっていた、京都・出町柳の上海ラヂオさんには感謝です。それでは、また会いましょう。