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【ダンジョン飯】九井諒子の素晴らしさと過去作を語りたい

『ダンジョン飯』のヒットで知られる九井諒子先生が好きすぎて語りたい。『ダンジョン飯』はどこが面白いのか、その他にはどんな作品を書いてきたのかなどを書きます。
 

九井諒子先生ついて

ダンジョン飯 1巻 (HARTA COMIX)

九井諒子先生は『ダンジョン飯』のヒットで知られるマンガ家。デビューは2011年3月に出された短編集『竜の学校は山の上』、その後2013年に発表した『ひきだしにテラリウム』が第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、2014年に『ダンジョン飯』連載開始、2023年に完結。2024年からは同作がアニメ化されている。

Wikipedia的な情報はここまでにしよう。私が感じる九井諒子先生の素晴らしさを書いていく。

『ひきだしにテラリウム』ファンタジー×生活感の妙味

ひきだしにテラリウム

もし未読の方がいたら傑作なので今すぐ買ってください。『ひきだしにテラリウム』はショートショート集。33の短編が215ページの中におさめられており、各編は非常に短い。これだけの量の短編を書こうと思うと、大量にアイデアが必要となるが、それを可能とする圧倒的な発想力!

各編はファンタジー・SF的な観点と、日常のリアリティが絶妙な塩梅で織り交ぜられており、「地に足着いた系ファンタジー」などと評されることもある。このように書くと、いわゆる「なろう系」のように、ファンタジー世界で現実と同じような生活を送っているマンガが連想されるかもしれない(ファンタジー世界で農業をやってみたり、飲食店をやってみたり)。だが九井先生の作品はそういったものとも大きく異なる。

その世界における慣習や文化、キャラクターの行動原理などがかなりのオリジナリティをもって描かれており、まるで本当にそういった国や街があるように思えるところまで設定が作りこまれている。そして登場人物が基本的にその世界の「一般人」らしき人々であることが、マンガに命を吹き込んでいる。この「ひきだしでテラリウム」を含む各短編集で九井先生はファンタジーに「生活感」「実在感」を付与するという矛盾をやってのける。私が最も感銘を受けた要素は、そういった細部に宿るこだわりだ。

そしてそれは、『ダンジョン飯』で「魔物の習性」を利用して戦うという独特な戦闘シーンへと繋がっていく。

ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム

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奇想のマンガ家

彼女が描く世界は、生活感と奇想にみちている。例えば『ひきだしにテラリウム』に掲載されている「えぐちみ代このスットコ訪問記 トーワ国編」という短編。この作品は①架空の国・トーワ国に訪問したえぐちみ代こというマンガ家のコミック・エッセイと②そのマンガ家取材で現地を訪問した際のホテルのボーイがみた風景が、1ページを上下に割って、同時に進行する。

マンガ家の取材風景(を描いたフィクション)と、その取材の結果描かれたマンガが同時に展開するという構造の面白さ。その架空の国で経験するエピソードの、「いかにもその国で起こりそうだ」と思わせる説得力や、架空のお土産や料理がたくさん描かれるという九井先生らしさが織り交ぜられており、ぜひ読んでもらいたい一編である。

圧倒的な画力と世界観の深堀り

九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー (HARTA COMIX)

また彼女の代表作『ダンジョン飯』を読んだ方はご存じだろうが、多くのキャラクターや人種が登場する。各キャラクターの書き分けや、細かな(性格を含めた)設定とそれらを駆使したストーリーの組み立ての力には驚くばかりである。3つの短編集を出し、大量のキャラクターを生み出してきたからこそ成せるワザだろう。

そしてもちろん、そのかき分けを支えているのは圧倒的な画力である。特にダンジョン飯で顕著だが、恐らく九井先生は各人種の基本的な骨の構造などを計算して書いているのではないだろうか。ちなみにダンジョン飯の1巻には登場したコカトリスというモンスターの骨格と内臓の位置が描かれており、そこまでやるのか…!と驚かされた。

上記の『デイドリーム・アワー』は九井先生が仕事ではなく自分のために書いたイラストなどをまとめたもの。特に『ダンジョン飯』に関してはとてつもない量のイラストが描かれており、作中で描かれず発表されることもなかったキャラクター同士の関係性や距離感、各キャラの服を着る順番やメイクの仕方まで描かれている。自分が産みだした世界観への理解を深めるための研鑽を、仕事の外でこんなにやってるんだ!という驚き。ファン必見の一冊、ちなみに『ダンジョン飯』のキャラクターたちが活躍するマンガもいっぱい載ってる。

世界観の深堀りが結実した『冒険者バイブル』

ダンジョン飯 ワールドガイド 冒険者バイブル (HARTA COMIX)

そういった世界観の深堀りが結実したのが、この『冒険者バイブル』だ。ダンジョン飯中盤では4人以上のキャラクターがまとまって登場してくる場面が多いのだが、それぞれに細かな設定や描き分け、隠れたエピソードなどが考えられている。

九井先生の頭の中では、主人公級のキャラクターだけでなく、サブキャラクターたちも『ダンジョン飯』の世界を生きているのだ。エルフや忍者などの各キャラクターの性質や見た目の描き分け、そして各キャラクター同士の関係性の作りこみに感動する。しかも各キャラクターの性格への理解度が高まるような短編マンガが、キャラクターごとについているという、九井先生らしい本。後半では魔物も深く語られていて、本当に全キャラ大好きなんだろうなとうれしくなる。

作中でもキャラクターたちはドンドン深堀りされていく。中には友達になれなそうなキャラもいるが、でもみんなに愛着が湧いていくというか、平和に生きててほしいなと思うようになっていく。キャラクターの設定の細かさは、読者に『ダンジョン飯』への愛を育ませるのだ。

『ダンジョン飯』が描く生命観

ダンジョン飯 3巻 (HARTA COMIX)

最後に『ダンジョン飯』を通じて本当に素晴らしいなと思ったところを伝えたい。きっと『ダンジョン飯』に触れたことが無い方や、序盤しか読んだことが無い方は誤解をしていると思うのだが、決して「RPG的世界でワイワイ魔物を食べるだけのマンガ」ではない。『ダンジョン飯』はギャグと可愛い絵でオブラートに包んでいるが、自衛のためでなく食事のために命を奪うシーンも多く、また主人公たちが捕食される側にまわるようなシーンも多々ある。バトルマンガに多い「善悪」や「それぞれの正義」が軸に置かれておらず、あくまで食べるために命を頂くという物語なのである。

生命を生命たらしめる「欲望」の功罪という重厚なテーマが前提にあり、昨今増えてきている安易にハイ・ファンタジーやRPG的世界を借用した作品とは一線を画すと考える。

名作マンガ『鋼の錬金術師』に通底するような、張り巡らされた伏線と生命への考察は、『ダンジョン飯』を傑作たらしめている。文学性・哲学性を内包したマンガといえる。

食べているのは生きものだ (福音館の科学シリーズ)

「生命」を奪うことで生きる。それは我々が日常生活の中で、目をそらしているタブーである。毎日我々が食べているものは、あくまで「生きていたもの」であるという事実。『ダンジョン飯』はそのタブーに真っ向から、しかもかなり意識的に切り込んでいるといえるだろう。この要素も『鋼の錬金術師』の後に農業高校を舞台にした『銀の匙』を描いた荒川弘先生と通ずるところがある。

荒川先生はマンガ家になる前は農家だったというが、九井先生はどういったところからこの内容をテーマにしていこうと思いいたったのだろう。短編集にもみられた生活感や、どこか土着的な描写から、そういったことに造詣が深い方であるように感じられるのだが…。

本記事では九井先生の作品の素晴らしさを解説してきた。最後に入手可能な九井先生の作品を紹介していく。

九井先生の作品(出版順)

竜の学校は山の上

竜の学校は山の上

2011年発行の短編集で、九井諒子のデビュー作。とはいっても、すでに同人誌として発表していた作品や先生が運営していた個人サイト「西には竜がいた」で発表されていたものも含まれており、この時点ですさまじい画力と発想力。どの短編も素晴らしいが、特にタイトルになっている「竜の学校は山の上」は『銀の匙』や『もやしもん』のような生物・農学系の学校生活が、竜が実在する日本を舞台に描かれいて、設定が面白い。竜で上空を通ろうとしたら京都府だけ文化財が多いから規制が厳しかった、とか細部の細かさが九井先生らしい。

竜の学校は山の上

竜の学校は山の上

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竜のかわいい七つの子

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (HARTA COMIX)

九井諒子が2012年に世に出した2作目の短編集。自分の子が狼男だったらどんな苦労があるかというのをその母親が書いたコミックエッセイで表現し、その次の短編で大学生まで育てられた狼男の視点から描くなど、またもや奇想盛りだくさん

私が好きなのは短編「人魚禁漁区」。人魚が当たり前に存在する日本で、漁業が盛んな田舎町の高校生と人魚の関わり方が描かれているのだが、いわゆるラブコメ的な雰囲気にはならない。国内では人魚が動物なのか、意思疎通のできる人間なのか意見が分かれていて、人魚保護団体もいれば、人魚を憎く思う漁業関係者もいるなど、「ありそうな日本の風景」が描かれていて面白い。

ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム

2013年に発行されたショートショート集。上に記したように数ページだけのマンガがたくさんあるのだが、クスッと笑える可愛い物語や、RPG世界風のもの、ロボットものからSF、現代人や未来人の恋愛模様など、九井先生の幅広いひきだしを見ることができる傑作。少ないページ数で人を笑わせたり、じんとさせたり出来るのが本当にすごい。

ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム

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ダンジョン飯 1~14巻(完結)

ダンジョン飯 1巻 (HARTA COMIX)

いわずと知れた九井先生の代表作。2014年2月から2023年9月まで約9年半、マンガ誌『ハルタ』で連載された。圧倒的な設定の細かさと画力の中で、キャラクターたちが生き生きと動くこの傑作マンガは、2024年にアニメ化された。魔物の「生物としての習性」に注目してバトルシーンが組み立てられていく面白さ。偉大な想像力だ。

ダンジョン飯 ワールドガイド 冒険者バイブル

ダンジョン飯 ワールドガイド 冒険者バイブル (HARTA COMIX)

ダンジョン飯のキャラクターたちの裏設定や魔物・世界観の解説がたっぷり載っているファンブック。大量に九井先生の書き下ろしマンガが載っていて、特にキャラクターについては(ほぼ)一人につき一つずつ短編マンガが載っているという大盤振る舞い。ダンジョン飯ファンなら必携の一冊。

九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー

 

九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー (HARTA COMIX)

表紙のマルシルが可愛すぎるこの本は、九井先生が(連載用以外に)書いたイラストやマンガをまとめたもの。なんと仕事用ではなく、自分のために描いたものとのことで、九井先生が普段どのようにしてマンガの世界観を深めていっているかがよくわかる。また後半には個人サイト時代に書いた絵なども載っており、ダンジョン飯ファンはもちろん、九井先生の絵のファンも買っておいたほうがいい一冊。基本的にはイラストメインだが、ダンジョン飯のキャラが活躍するマンガも大量に載ってます。