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藤本タツキ『さよなら絵梨』は面白いのか?

『さよなら絵梨』藤本タツキ

チェンソーマン カラー版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

『チェンソーマン』の藤本タツキの読み切り『さよなら絵梨』がジャンププラスに掲載され、大いに話題になっている。無料で読めるので、内容はぜひご自身で確認していただきたいが、感想が賛否両論である。はたしてこの読み切りは面白かったのか?

注目したポイントをキーワードで解説していきたい。

キーワード①入れ子構造・劇中劇・メタフィクション

カメラを止めるな!

本作の最大のポイントは、作品が入れ子構造になっているという点だ。本作においてはマンガというフィクションの中で、別のフィクションである映画が創作され、そして上映されている。このような形で作中のキャラが何かを創作する物語はいくつかあるが、例えば大ヒット映画『カメラを止めるな!』は劇中劇が話を面白くしていった傑作と言えるだろう。

フィクションの中にもう一つフィクションを作ることで、キャラクターたちがまるで現実に存在しているかのような立体感を持って動き始める。主人公と絵梨が本当は付き合っていなかったこと、お母さんが本当はとてもいやな人だったこと。フィクションがいかにフィクションであるかを示した物語(=メタフィクション的な物語)と言えるだろう。

テラスハウスのような恋愛リアリティーショーを現実と思ってしまったり、あるいはドラマで演じたキャラのせいで、なかなかイメージが払しょくできなかったり、僕らはフィクションと現実を混同しがちだ。そんな自分に改めて気づかされる。

けど、そんな自分がいるからこそ、僕らは誰かの想像の世界を見て涙を流せるのだ。

キーワード②フィクションとノンフィクションの境界

一方で、本作はくっきりと現実と創作の世界が分かれているわけではない。むしろどこまでが現実で、どこからが創作であるかが分からないような結末になっている。優太(主人公)が想像で作り出した吸血鬼という設定が、いつの間にか本物の吸血鬼となった絵梨との再会に繋がる。

そしてラストシーン。はじまりの映画と同じように、爆発して終わる。サイコーだ。

本作には三つの選択肢が提示されているように感じる。

  1. 前半はフィクション、優太が大人になったところから現実(p.165)だが、爆発は後からCGで足した。
  2. 前半はフィクション、優太が大人になったところから現実で、爆発も本当(!?)。
  3. 全てフィクション、後半の絵梨が吸血鬼になるパートは絵梨の生前に撮影された。大人になった優太は役者上がりのお父さんが演じている。

時折2の解釈をしている人がいて面白いが、1か3の解釈の可能性は等しく開かれているように感じる。こういった多様な解釈を同時に成立させる作品は、傑作が多い。

キーワード③フィクションにおける人物の切り取り

友人の言葉では「嫌な女」だったという絵梨が、作中ではかなり魅力的に描かれていた。これは優太(主人公)がそう見えるように編集したからだ。お母さんも「綺麗な部分だけ」を切り取って描かれていた。

おもえば僕らは、目の前の相手の事なんか半分も分からないのに、分かった気になって生きている。人の主観によって世界はどのようにも切り抜くことが出来る。作者の見た世界や、こうありたかったと思う世界を見せられるからこそ、フィクションは面白い。

同じテーマを扱った作品

本作を読んで思い出した作品が二つある。一つは九井諒子の「ひきだしにテラリウム」という短編マンガ集だ。

ひきだしにテラリウム

本作の中に「えぐちみ代このスットコ訪問記」という作品が出てくるのだが、構造が「さよなら絵梨」と似ている。えぐちみ代こという漫画家が外国を旅行している様子が、現地人の目から描かれる作品なのだが、えぐちみ代こが旅行の記録を描いたマンガが交互に登場する。マンガの中にマンガが登場する形で、これも入れ子構造となっている。

8ページほどの短いマンガなのだが、貧しい国の厳しい現実が作中のエッセイ漫画ではきれいな世界として提示されていて、切り取り方によって作品の見せ方が全然異なってくるというメタ的な面白さが感じられる。またオチも秀逸なのでぜひ読んでほしい。

映画大好きポンポさん

もう一つはアニメ映画『映画大好きポンポさん』だ。本作では映画を作ること、とりわけ「編集」に重点が置かれて物語が組み立てられている。「映像の編集」という非常に渋いテーマを、ジャンプの王道マンガ並みに熱い展開で描き出す。これも誰かの目線によって切り取られていく現実(あるいは創作物)の面白さを描いており、「さよなら絵梨」と同じく映画を撮る作品だ。こちらも問答無用の傑作である。

おわりに

BILLY BAT(1) (モーニング KC)

その他にも、浦沢直樹のビリーバッドは、主要な登場人物のほとんどが漫画家で、彼らが描いたマンガが現実世界とリンクするという、一風変わった構造を持った作品なども発表されている。

入れ子構造の作品は、他の作品では見られない物語構造の独自性が面白いのだが、こういった作品を読みなれていない方からするとその面白さも伝わりづらいのかもしれない。それが「さよなら絵梨」への否定的な意見に繋がっているともいえるだろう。しかし私見では、本作は読み切り漫画の傑作のひとつだと思う。読者は感動させられ、あと現実に引き戻され、胸が暖かくなったり、展開に驚いたり、ナンセンスな爆発に笑ったり、たった200ページの間で色んな感情を呼び起こされるのだから。