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【嶌伊織の隠れた伏線】『六人の嘘つきな大学生』をネタバレ考察!

本屋大賞にノミネートされた『六人の嘘つきな大学生』に描かれている伏線をネタバレ込みで考察。嶌衣織が本当に好きだった相手とは?

伏線の狙撃手が描く就活のリアル

六人の嘘つきな大学生 (角川書店単行本)

作者・浅倉秋成は「伏線の狙撃手」という異名を持つ書き手である。その実力がいかんなく発揮された、何度もだまされる作品が『六人の嘘つきな大学生』だった。映画化待ったなしともいうべき、就活を舞台にした良質な日常ミステリ。

伏線回収の心地よさもさることながら、社会人なら誰もが一度は思う、新卒採用の闇をことばにしたことも、多くの読者の共感を得たのではないだろうか。2022年の本屋大賞ノミネート作をすべて読んだ筆者からしても、本作『六人の嘘つきな大学生』が特に共感できる部分が多かったように感じられる。

就活ミステリという新しい切り口で、怒涛の伏線回収を果たした本作を、より楽しむための伏線解説を行っていく。ネタバレありのため、先に進まれる方はご注意いただきたい。

 

六人は嘘つきだったが、しかし悪人ではなかった

就活においては、誰もが大なり小なり嘘をつく。採用する側もされる側も、自分を良く見せようとエピソードを脚色する。だからこそ6人がグループディスカッションにおいて、次々と過去を暴露されていったとき、これが人間の本質なのだと、読者は思わされる。

しかし、それもまた人間の一面に過ぎない。

それぞれの持つクズエピソードが、波多野祥吾が残したファイルによりフォローされ、キャラクターたちの見え方が移り変わり、彼ら/彼女らの印象は二転三転する。人と人がお互いのことを深く知っていく過程のように。

嶌衣織の障害について

特に本作でそれぞれのキャラクター性を誤解させた設定が、嶌衣織の足に障害があったことだろう。このことが伏せられていたため、電車の優先席に堂々と座る矢代や、車いすマークのところへ駐車していた九賀が、まるでクズエピソードのように響いた。実際には、それぞれ嶌の足を思いやっての行動だったのに、ひどい人間であるかのように錯覚させる、巧い書き方だ。

嶌のインタビューは読み返してほしい

嶌がグループディスカッション参加者へインタビューしていく場面は、それぞれを「クズ人間」と錯覚させる仕掛けに満ちている。特に巧妙だったのは、森久保の「騙されるほうが悪いでしょ」から始まる回だ。終わりまで読んだ皆さんならわかるだろうが、森久保がここで「騙されるほうが悪いでしょ」と責めているのは、自分自身である。

よく読むと自分のことを「極悪人」といい、「罵ってよ」と自嘲気味に言っていることから、かなり後悔していることが匂わされている。1回目に読んだタイミングで、この森久保の大きな後悔に気づけた人は、少ないだろう。森久保の家が貧乏で、お金を大切にしているというところが、割引券を嶌からもらおうとしている点にすでに織り込まれているのもすごい。

波多野が思った「あのときのあれ」とは

p.152、封筒の中から自分の過去の飲酒写真が出てきた波多野は、犯人が酒が飲めない九賀であることに気づく。そして九賀の方を見るのだが、初見の段階では読者は波多野が嶌の方を見ているのではないかと錯覚させられる。巧すぎる。

この時「今思えば、あのときのあれは僕に対する宣戦布告だったのだ」と波多野は想うのだが、これはグループディスカッション前の飲み会で、九賀にトイレで詰め寄られた時の事だろう。お酒が飲めない嶌が、デキャンタ一杯のウェルチ(ぶどうジュース)を飲まされている場面を、飲酒を強要されていると勘違いした九賀は、波多野を問いただしたのだった(これはp.262で再度、波多野自身によって説明されている)。

ヨウイチは誰だったのか

終盤、ついに開かれる波多野祥吾のロッカー。中から出てきたのは、ヨウイチという名前が書かれたゲームのソフトだ。実はこれも伏線が回収されている。p.122に書いてある通り、グループディスカッション中に自分の悪事が思いつかない波多野が、小学生の時に友達から借りたゲームソフトを返し忘れている、と告白したシーンである。彼が本当に悪事から距離を置いて暮らしてきたことが分かるシーンだ。

嶌が好きだった相手は

嶌衣織が好きだったのは、波多野祥吾ではなく九賀蒼太だったのだろう。p.289で好きな人だからこそ兄は票を入れ続けたんですよと語る波多野芳恵に対し「本当に鋭い考察だ」と語る嶌。振り返れば、嶌は全ての場面で九賀に投票している。だからこそ、p.88で暴露の瞬間を振り返った九賀は、嶌のインタビューにこう語るのだ。

「しばらく見てたでしょ、僕のこと(…)もちろん気づいてたよ。侮蔑と失望と疑念とあとなんだろうね。いろいろなものが混ざり合った混沌とした視線を君は向けていた。」(『六人の嘘つきな大学生/』朝倉秋成,p.88~89より)

嶌が九賀に特別な感情を抱いていたからこそ、単なる失望だけでなく複雑な感情を彼に寄せていたのだと考えられる。

おわりに

『六人の嘘つきな大学生』は巧妙に張り巡らされた伏線と、キャラクター性を誤解させる錯覚がすばらしい小説だった。波多野祥吾がサークル内の紹介文で「腹黒大魔王」と書かれていたことも、最後の送られなかった告発文で回収され、読後の爽快感が気持ちよかった。この展開がなければ、波多野は「善人」になってしまうが、彼も純粋な善人ではなく、我々と同じような善と悪の狭間で苦悩と葛藤を繰り返す人間だった。波多野に合わせるように嘘の「好きだった」を、妹に伝える嶌の選択も心地よい。

結末はパンフレットに書いてあった「成長を超え、新たな自分へと超越する」というフレーズを嶌が嘲りながら、過去の自分そっくりな就活生を次の選考へと進めさせる場面で終わる。人は社会に出て、きれいな外面を作る。それにより多面的で、二つの顔を使い分けるより奥行きを持った存在になるのかもしれない。それこそ「いい人」が同時に「わるい人」でもあるようなことが、当たり前なのだ。善も悪も「超越」した存在こそ、リアルな人間像なのである。

 

このような面白い設定と張り巡らされた伏線を楽しみたい方は、ぜひ他の浅倉秋成作品も読んでみてはいかがだろうか。『教室が、ひとりになるまで』は、青春小説×ミステリーに、特殊能力という設定が加わることで、張り巡らされた伏線が回収されていく心地よさを味わえる一作だ。日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞のどちらにもノミネートされた、ミステリ好きなら次に読みたい作品だ。

硝子の塔の殺人

硝子の塔の殺人

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また、どんでん返しが心地よかったという方には、『六人の嘘つきな大学生』と同様に、今回の本屋大賞にノミネートされている知念実希人の『硝子の塔の殺人』もオススメだ。魅力的な探偵役の少女が登場するタイプのミステリーで、誰もが騙されるような驚く展開が待ち受けている。作者は医師でありながら小説を書いているという異色の経歴で、その知識も活かされている。