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【書評】2021年冬 直木賞候補作を全読み!オススメはこれだ!

最新の第166回直木賞(2021年下半期)候補作をすべて読んだ筆者が、独自の切り口で各作品の見どころとオススメ順をお伝えする。

直木賞とは、芥川賞との違いは?

芥川賞と直木賞は1935年より発表されてきた日本を代表する文学賞だ。純文学を選考対象とする芥川賞と異なり、直木賞はエンターテイメント作品を選考対象としてきた。ただエンタメ性だけで候補作にあがるわけではなく、骨太なテーマ性を持った作品が多い印象だ。年2回発表される受賞作やノミネート作は、同じ時期の作品の中から選考を潜り抜けたということもあり、傑作ぞろいである。

2021年下半期は『黒牢城』と『塞王の盾』のダブル受賞となった。候補作3作を含めた計5作をレビューしていく。

『黒牢城』米澤穂信 ★直木賞受賞

黒牢城 (角川書店単行本)

織田信長の重臣・荒木村重は謀反を起こし、家臣や民と共に居城・有岡城に立てこもった。援軍を待つ城内では次々と難事件が起こり、人心の動揺により城は窮地に陥る。村重は事件を解決するため、地下牢に閉じ込めていた天才・黒田官兵衛の元を訪れ、謎を解くように求めるが…?

「このミステリーがすごい!」を始めとした国内の4つのミステリーランキングで史上初の4冠を記録し、その勢いのまま直木賞を受賞してしまった快作。『満願』『氷菓』『王とサーカス』の米澤穂信が作り上げだ、デビュー20周年の作は、まさかの戦国歴史ものだった。

作中のストーリーは史実に基づいており、歴史小説の面白さを併せもちながら、しかしその中でも重厚感のある謎と伏線の数々がミステリー好きをもうならせる。特に終盤の怒涛の展開が、複雑に絡み合う怪異と思惑を解きほぐしていくカタルシス!米澤穂信こそミステリーの王だと言わざるを得ない。

また主人公・荒木村重は武士としては非常に奇妙な人生を送った人物として知られており、そのチョイスも素晴らしい(史実に基づく物語のため、荒木村重のWikipedia等が重大なネタバレ元になってしまうため注意!)。探偵役が犯人を暴く普通のミステリーとは異なり、謎が解けないと自分を含め親族・家臣一同に命の危機が訪れてしまうというスリルが素晴らしい。主人公が探偵役となるだけでなく、当事者となることで生まれる緊張感をぜひ味わってほしい。

『塞王の盾』今村翔吾 ★直木賞受賞

塞王の楯 (集英社文芸単行本)

主人公・匡介は石垣造りのプロ集団・穴太衆飛田屋の次期頭目。幼き頃に織田信長の城攻めに巻き込まれ家族を失った彼は、「絶対に破られない石垣」を作り、この世から戦を失くすことを人生の目標にしていた。同じ近江の国には、鉄砲の改良を続ける国友衆とよばれる職人集団がおり、その次期頭目・彦九郎は「あらゆるものを破る鉄砲」を作ろうとしていた。数万の大軍に囲まれた近江・大津城を舞台に「最強の盾」と「最強の矛」が、ぶつかろうとしていた…。

もう一つの166回直木賞受賞作。なんとこちらも城に籠って戦う話である。しかも『黒牢城』での荒木村重の話も少し出てくるなど、非常に近い地域・時代の物語だ。しかし主人公を石垣造りの職人に据えるという奇想と、そしてそれを少年ジャンプ的な熱量で読みやすくまとめてしまう物語の構成力やキャラクター造形が素晴らしい!約600ページもある石垣造りをテーマにした本、というといかにも面白くなさそうだが、そういった知識的に重いテーマをサクサク読ませてしまう作者の魔法にかけられてしまう

文量は多いが、かなり読みやすいため、歴史小説に不慣れな方はこちらから読むのがオススメ!『塞王の盾』を読んだ後は、城跡などで石垣を見かけるたびに、平和をかみしめてジーンとした想いになってしまうこと間違いなし!

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

同志少女よ、敵を撃て

ソビエト連邦・イワノフスカヤ村。独ソ戦の最中、猟師として暮らしていた少女・セラフィマは、進軍してきたドイツ軍の手により、自分の目の前で母親を含めた村人全員を惨殺される。そして自分も射殺される寸前、赤軍(ソ連軍)の士官・イリーナによって命を救われる。「戦いたいか、死にたいか」とイリーナに問われたセラフィマは、訓練学校で一流の狙撃兵となり、母の仇を撃つため兵士となることを決意した。彼女たちは史上最大の市街戦と呼ばれたスターリングラードへ向かっていく。戦争の向こう側に、彼女たちが目撃した「敵」とは?

直木賞を取っていてもおかしくなかったんじゃないかと思うほどの大傑作 であり、逢坂冬馬のデビュー作。本作はフィクションだが、その背後にはかなりの時代考証と、そして戦争を経験した方々の生の声が反映されている。一人のありふれた村娘が、戦争を通じて狙撃兵となってしまう様、そして戦後の彼女たちのあり方までを一つの物語の中に、リアリティーを持って作り上げた。

史実として、独ソ戦は多くの女性兵士が投入された極めて稀な近代の戦争である。また衛生兵や通信兵にとどまらず、銃を撃つ兵士として戦場に女性が出ていった。ノーベル文学賞を受賞したアレクシェーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』は、実際に従軍した女性たちの声を集めた証言文学の傑作だが、『同志少女よ、敵を撃て』はそれを重要なルーツとしながら、これまで注目されることの少なかった「女性兵士」が経験した戦争を描き出す。

当時のソビエト連邦が持つ多民族性ゆえの、それぞれのキャラクターが戦争へ参加していくスタンスや目的の違い。必要悪と割り切ってはいけない戦時下・戦後の性差がもたらした悲劇と、一般人が惨事に加担してしまう現実。終盤の衛生兵・ターニャのセリフは、ロシアのウクライナ侵攻が始まってしまった現代においては、涙なしに読むことが出来ない。

また『戦争は女の顔をしていない』はマンガ化されているため、長編小説のハードルが高いという方は、そちらから試されることもオススメ。

『新しい星』彩瀬まる

新しい星 (文春e-book)

森崎青子は愛する夫や子と共に、幸せな生活を送るーーーはずだった。産後まもなく娘を失くし、そのことがきっかけとなり夫とも離婚してしまう。再婚相手を見つけるよう進める母、謂れのない疑いを向けてきた祖父。「普通」を求められる息苦しさの中で、周囲の無理解に悩まされる青子は…(表題作「新しい星」)。「普通」から遠ざかっていってしまう4人を描いた連作短編集。

前作『くちなし』に引き続き、4年ぶりの直木賞候補作。彩瀬まるの文章は、人の心の痛みを静かにすくい取るような感覚がある。これを読むあなたにも、自分の日々の生活に重ねてしまい、辛くなる瞬間があるかもしれない。だけどその先にきっとある救いを、彩瀬まるは描いて見せた。社会に押し付けられる「普通」に戻る方法ではなく、それぞれの生き方を探る道は開かれており、そのための救いはあなたのそばにあるはずだと。

『ミカエルの鼓動』柚月裕子

ミカエルの鼓動 (文春e-book)

手術支援ロボット・ミカエルは患者の負担を減らすことで、医療の未来を担うと目されていた。その第一人者である主人公・西條は、ミカエルの普及を目的とし、次々と高度な手術を成功させていった。彼が務める大学病院に、ドイツ帰りの天才心臓外科医・真木がやってくる。心臓に難病を患う少年の治療法をめぐり、二人は対立する。
その最中、ミカエルを同じく推進していた若手医師が、自殺したという情報が西條の元へ届く。医療ロボットをめぐり、大学病院に渦巻く闇とは?

『孤狼の血』の柚月裕子が送る本作は、現実ほんの少し先を舞台にしたSFともいえるし、大学病院を舞台にした権力闘争の医療ドラマともいえる。なにより本作『ミカエルの鼓動』は「西條と真木」、医師二人の人生や決断にフォーカスされることで、医療とはどうあるべきかということを問いかける骨太の大作となった。ただ、ストーリー展開はSF要素を抜いてしまえば、いわゆる派閥系の大学病院ドラマで見かける内容であったのは少し残念。

オススメの読む順番

今回、『黒牢城』がエンターテイメントとしての質がとびぬけているように感じられた。歴史小説という難しい題材の中で、深まる謎が見事に回収されていくカタルシス。しかし同時に『同志少女よ、敵を撃て』には、2022年3月現在のロシアとウクライナの状況に連綿と繋がっていく第二次世界大戦時のロシアの方々の「個人にとっての戦争」が、リアリティを持って書かれており、最も衝撃を受けた。

読む順番としては、

  1. 『同志少女よ、敵を撃て』
  2. 『新しい星』
  3. 『黒牢城』
  4. 『塞王の盾』
  5. 『ミカエルの鼓動』

上記の順番をオススメする。やはり今だからこそ『同志少女よ、敵を撃て』は読んでほしい。そして本作のラストは、そのまま『新しい星』のテーマに通じていくように感じられる。また『黒牢城』と『塞王の盾』は、どちらも籠城戦がテーマとなっており、驚くほど内容に近似性がありながら、対照的な作風になっている。順番はどちらでもよいと思うが、『塞王の盾』に、一部『黒牢城』の主人公・荒木村重や居城・有岡城が登場するため、この順番にした。『ミカエルの鼓動』はサブテーマに『新しい星』と通ずる部分が一部ありつつ、単体でかなり骨太な医療ドラマとなっているため、最後に配置した。

ただ『塞王の盾』は分量は多いものの読みやすいため、普段読書をあまりしない方や、久々に小説を読まれる方は、こちらから読まれることをオススメする。

皆さんの読書ライフのサポートとなっていれば幸いです!それでは!